読書が大好きな主婦の読書記録です☆
年間100作品読破を目指して日々読書に明け暮れ、本を通して感じた事や感動を忘れたくないので、記録として綴っています(*^。^*)
天童荒太 『ペインレス』

 

*あらすじ*

診察したいんです、あなたのセックスを――

若き美貌の麻酔科医・野宮万浬のペインクリニックに現われた貴井森悟は、彼女にとって舌なめずりしたいような実験材料だった。
森悟はビジネスの最前線である中東の紛争地帯で爆弾テロに遭い、痛覚を失って帰国した。万浬のセックスを伴う「診察」が繰り返される中で、森悟は、紛争地帯で遭遇した事件の詳細を語る。万浬は、実は心に痛みを覚えたことのない女性だった。彼女がそうなったのは、トラウマがそうさせたわけではない。どうやらそれはDNAのためであるらしかった。
他人の痛みを知ることによって、自分を知ろうとする万浬の生い立ちとは…

 

*感想*

ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと最初に弁解させてくださいねっ!

私は本書がこんなにもセックスが絡む物語とは知らないで読んだんですよー!なのであらすじ冒頭の『診察したいんです、あなたのセックスを―』なんて文言も知らずに本書を手に取ったんです(;’’)

本書は間違いなく18禁の物語だったと思います。あ〜〜〜私の大好きだった『家族狩り』『永遠の仔』の天童荒太はどこへ行ってしまったのぉーー(´;ω;`)ウゥゥ 2009年に読んだ『悼む人』も随分とスピリチュアルな世界になってしまって、「天童荒太はとうとう悟りを開いたか」と思っていたけれど、本書はその追い打ちをかけるような「精神的・肉体的痛みの有り方における人類の進化と将来像について」みたいなペイン外来の医者の論文になっちゃいそうな内容で、そんなの私は文芸書に求めていなーい!という内容でした(:_;)

 

と、随分感情的に感想を書きなぐってしまいましたが、ちょっと落ち着いて概要と感想を書きますね

 

本書の主人公は、若き美貌の医師・野宮万浬。万浬は肉体的な痛みは感じるが、精神的な痛みを感じずに生きてきたため、他人の「痛み」というものにとても興味があった。そんな折に恩師を通して紹介されたのが、事故で無痛病となった男性・森悟だった。万浬は医師として、女として森悟の痛みを知っていこうとするが…

という内容でした。

それでですね、ただ単純に痛みを知ろうとするには、尖ったもので肉体を突けば済む話なのですが、万浬はそれだけではなく、セックスを通しての肉体的と精神的の痛みと快感を探っていこうとするのです。しかも自分にとって有益な情報や人脈を確保するためにも、どんな男とも寝るから、まーエロシーンが多いこと多いこと(;’’) そんな最中にもホルモンの話や理論的な話が入ってくるので、だたの官能小説ではないことはわかりますよ…

例えば

『わたしが欲しい、という欲望は…女を自分のモノにするという、所有欲や征服欲と結びついた精神的な悦び…あるいは、他者の性器内に射精するという、肉体的かつ本能的な達成感や解放感を求める想いから、発しているのでしょうか』

とかね。

でも結局そういう理論や屁理屈を捏ね繰り回しては性的シーンが何度も出てくることに、私は正直嫌悪感を抱いてしまいました。だって、ヤってもヤっても結局万浬の真意や心に痛みを感じない由来とか、未来が見えてこないのだものっ!!

 

凄い本だったとは思います。痛みがどれだけ生命の危機から人体を守ってきたのか、痛みを通して他者と共感したり、ときにはお笑いとしてのツールになるのか、たくさんの事を学べたと思います。

でも万浬の美貌と身体を武器にして男たちから色々なものを引き出すところ、森悟が外国で幼女を抱くところ、そして他人の心をめちゃくちゃに壊し精神科送りにさせる万浬のやり口、許せないことが多すぎました。

身体と心と性をこんなに切り離して考えて良いものだとは私は思えない。

 

ちょっと厳しい書き方になってしまいましたが、どうやら天童荒太ワールドは私には理解できない境地に入ってしまったようです…

本書をもって天童作品は卒業しようと心に決めました。

天童さん、天童ファンの方、すみません。でもこれは個人の趣味嗜好の問題なので、こういう世界観がお好きな方は私の意見など気にせずに読んで、読書を楽しんでくださいね!

 

 

 



  ├ 天童荒太 -
天童荒太 『悼む人』


★★☆☆☆


*あらすじ*
『故人は、誰を愛し、誰に愛され、どんなことで感謝されたのでしょうか?』
全国を放浪し死者を悼む旅を続ける坂築静人。彼を巡り、夫を殺した女、 人間不信の雑誌記者、末期癌の母らのドラマが繰り広げられる
第140回直木賞受賞作品


* 感想*
根本のテーマは「家族狩り」「永遠の仔」と同じ『愛・生・死 そして、人間の強さと弱さ』でした。しかし今回は「家族狩り」「永遠の仔」とは違い、ミステリー要素はありません。そのせいもあってか、今回の悼む人は、ページをめくる手がなかなか重かったです…(簡潔に言えば面白くなかったということです(^▽^;))


他人の死を悼む旅をする青年が軸となる本書、この「他人の死を悼む」という行為を通して、「愛とは?」「死とは?」と重い疑問を読者に投げかけてきます。しかしその投げかけ方が、直接的ではなくて、登場人物達の思考から、読者が深く読み取らなければならない遠まわしな描き方なんですよね。その世界観についていけるかどうかで、本書の好き・嫌いが分かれるところだと思います。私としては、この描き方は、今までの天童ワールドが一層超越した、スピリチュアルな世界に感じられ、正直「やりすぎ」に思えました。天童さんはとうとう悟りを開いてしまったのかしら…と。。。


しかし、私の様に本書が重すぎると感じた方も、雑誌記者の薪野抗太郎の章は比較的読みやすかったのではないでしょうか?薪野抗太郎の章はストレートに「愛・生・死」について描かれ、そして日頃私たちがマスメディアにどれだけ踊らされているのかを感じることができたと思います。
「何を基準に、或る死者には同情し、或る死者は放り出すのか」
「どの死は覚えておくべきで、どの死は忘れられても仕方がないのか」
この2つの蒔野のセリフは、私も深く考えさせられました。


悲惨な事故や事件を風化させない運動が世の中にはあり、確かに教訓として風化させない方が良い場合もあるでしょう。しかし全ての事を覚えていようとしたり、全ての事に胸を痛めていたら人間は狂ってしまうと思う。私たちの脳と心はパソコンのハードディスクの様な単なるメモリー機能ではないのだから。
だからといって、命の重さに優劣をつけるような行為もすべきではないだろうし… 
うーん… 結局私は本書の奥深いテーマを読み取り、咀嚼、嚥下することができなかったので、この感想にも結論を書くことができません…。
この超越した天童ワールドを、是非ご自身の目で読み、体験してください!



  ├ 天童荒太 -
天童荒太 『家族狩り 2004年版』
幻世(まぼろよ)の祈り―家族狩り〈第1部〉
幻世(まぼろよ)の祈り―家族狩り〈第1部〉
遭難者の夢―家族狩り〈第2部〉
遭難者の夢―家族狩り〈第2部〉
贈られた手―家族狩り〈第3部〉
贈られた手―家族狩り〈第3部〉
巡礼者たち―家族狩り〈第4部〉
巡礼者たち―家族狩り〈第4部〉
まだ遠い光―家族狩り〈第5部〉
まだ遠い光―家族狩り〈第5部〉

★★★★★

*あらすじ* 
現代に生きる私たちにとって家族とは何か、生きるとはどういうことか、根本的な問いに真正面から挑む長編小説。

巣藤俊介 : 高校教師。親に勘当され、自身の過去の環境からか、恋人と家庭を持つ事に強い抵抗を感じている。そして教え子のトラブルにも巻き込まれ翻弄される。
馬見原光毅 : 刑事。家庭を顧みず仕事に打ち込んだ末、長男は交通事故死亡、妻は精神的病で入院と家庭はバラバラに。更に馬見原には擁護しているある母と子の存在があった。
氷崎游子 : 児童相談センター心理職員。親から虐待を受けている女児を保護したが、親と一緒に居たいという子供に胸を痛める。そして自身は親の介護にも悩み疲れる日々を送っていた。

第一部 『幻世の祈り』
第二部 『遭遇者の夢』
第三部 『贈られた手』
第四部 『巡礼者たち』
第五部 『まだ遠い光』

*感想*
読後に言葉を失くす程、この物語は重く深いです。
決して軽々しく「面白かった♪」などとは言えない作品でしょう。しかし誰もが考え、向き合っていかなければならない問題がこの本の中に沢山詰まっています。なぜなら物語の中心が『家族』を軸にしているから。
第一部のあとがきで、天童さん自身が語っています
「(今回の家族狩りは、『ホラー』という方向性を求められていたのですが、執筆にあたり)何がホラーかよくわからず、ともかく逃げられないものは怖いだろう、では人が逃げられないものとは何かと考え、すべての人が共有し、権力も富も意味をなさない、誰もが等しく悩む可能性があるもの… その答えが家族でした」と。
この天童氏の発想にやはりこの人は一味違う!と再認識させられました。

本作品を読んだのは今回で2回目なのですが、2回目でも感想を述べるに上手い言葉が見つかりません。あらゆる場面に著者からのメッセージが組み込まれているように思えてならない程にストーリーも登場人物も繊細だからです。とにかく今回2回目の本作品を読み終えて感じた事は、「人間とはやはり弱く、繊細な生きものなのだ」という事。願望―理性―現実の狭間で悩みながら生きていくしかないんだと。そして「例え家族という枠の中に存在する相手でも、敬意と愛情を持って接していかなければならない」とい事。家族内での殺人事件が頻繁に報道されたり、熟年離婚が多い近年、「家族にならどの様に振舞っても良い」と考えている人は昔より少ないかもしれないですがね。

すごく印象的だったのが、本作品に親から虐待を受け保護を受ける女児が登場するのですが、その女児は「自分が悪い子だからそういう扱いを受けている」と思ってしまいます。これは一般的に聞く子供の心理ですよね。しかし、先日某新聞に「虐待を受けている小学生、自ら児童相談所に保護を申し出る」という記事が載ってました。
今回、この家族狩り2004年版を刊行するに辺り、天童氏は家族狩り95年版にかなり加筆・改訂されたそうですが、もしもまた数年後に本作品を再発行する時にも何所かしら書き変えたりするのかしら?と思いました。
これは家族という形も日々進化しているという事の表れですよね。
家族のあり方に模範解答はないだろうけれど、自分の家庭を客観的に見て家族への想いを再認識と感謝する為にも是非一読を進める作品です。

今はこんな感想しか書けない私ですが、いつか私自身が子供を持ち親となり、あと50年位生きた時は、多分もっともっと濃い感想が書けるのだろうなー!!と自分の半人前振りを痛感しました。
とにかく、一読の価値有りです!!


  ├ 天童荒太 -
天童荒太 『包帯クラブ』
包帯クラブ The Bandage Club


★★★☆☆

*あらすじ*
今の社会を生き難いと感じ、心に傷をもっている主人公ワラ。そんな主人公と身近な友達が「包帯」を使ったある儀式を通して傷を乗り越え、また自分の人生に向かい合おうとするクラブを作る。 そのクラブの成立ち、途中報告の物語。

*感想*
冷めた表面的な感覚でこの本を読むと「こんなチンケな儀式で人の心の傷が癒されるかよっ(-д-;)」なんて思ってしまうのですが、天童さんが伝えたかった事はそういう儀式の事ではなくて、「他人の心に少しでも寄り添おうとする優しさ」についてなんだと思いました。
話の前半で『ブランコ君』というブランコを擬人化した童話について語られるシーンがあります。その童話は当初「加害者」でもあり「被害者」でもあった立場のものが、話が語り継がれるに従い「加害者」の部分が消え、「被害者」の部分しか語り継がれなくなったというものでした。この傾向どこかで感じたことありますよね・・・社会の教科書やそして日々の日常生活の中での諍い。人はどしても自分を正当化したくなるから仕方がないのかもしれないのですが、天童さんに改めて「人生の主人公は自分であるけれど、それと自己中心は別」というのを学ばせて頂きました。私ももっと人の心の痛みが解る子になりたいと思いました。


  ├ 天童荒太 -
天童荒太
あふれた愛


★★★★☆

*あらすじ*
自分を見失いつつある人々をあらゆるシチュエーションで描く短編集。うまく生きていく事ができない人々、しかしその物語を通して「優しさ」を考えさせてくれる作品。

*感想*
短編集だっだのだけれど、天童荒太ワールドの色である『重〜〜〜い』ストーリーがちゃんと出てて良かった。しかし彼の本を読む度に「おいおい・・・天童さん・・あなた大丈夫!?いつか自殺とかしないでね・・・」と余計な御世話ながら心配になっちゃうよ。病んでいる人の描写があまりに上手だから、もしかして彼自身がそのような経験をしてきたのかな・・・とかついつい思ってしまい。。。
最近私は自分の性格について考える事が以前よりも増えて、この本を読み終えた時にも、私の今までのどういう経験がこういう私の性格に影響を与えたのかウツウツモンモングルグルと考えてしまいましたー。


  ├ 天童荒太 -
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